もうほとんど見なくなった

K-POPといえば韓国の大衆音楽のことを指していますが、日本でも一時期は人気沸騰していた時代もありました。それも今は過去の話、けれどそうなるまでの過程には日本と韓国という国同士の問題も絡んでいる。そして音楽業界によくあるトラブル等、K-POPというジャンルがどうしてここまで堕ちてしまったのかを考察する、ここはそんなサイトです。

もうほとんど見なくなった

終わりは呆気ないほど簡単だった

K-POPというのは確かにその足がかりを手に入れて、これからもっと広がっていくはずでした。ですがそれも日本の民放によるほぼ独占的な放送内容によって、多くの人に不快感を伴わせるほどの放送スケジュールによって、人々の関心が韓国へと向けられる感情が好意から敵意へと変化するのに十分過ぎる要因になってしまいます。この頃からか、フジテレビが段々と存在感を曇らせていく形になり、かつての栄光は何処に行ったのかといわれるまでになっている。

そもそも2011年という時期は日本にとっても国内が由々しき時代に見舞われていた時期だったこともあって、どうしてこんな時期に他国の番組を見なければならないのか、というような状況だったのも頷ける。実際、震災発生直後には韓国の心無い人により、天変地異が起こって被害にあったことを喜ぶというような横断幕がスポーツの試合で掲げられるという、そんな反日活動も行われ、感情を逆撫でしてきたのです。

その翌年の2012年になると、韓国という名の付くものが徐々に薄れていったと同時に、K-POPを始めとした韓国文化が日本から一気に表舞台から追放されるまでになった。

謙韓について考える

江南スタイルが流行りだした時期と日本の状況

これらの顛末から見えてくる一つの事実として判明するのが、どうして日本で江南スタイルが流行らなかったのかという点でしょう。2012年、何を隠そう反韓感情が生まれていた時期で、日本の報道メディアでも、いくら世界的に大ヒットしているからとはいえ、昨年から続く反韓を再度沸かせる種になりかねなかった。だからこそPSYという韓国出身のアーティストが世界で活躍しているにもかかわらず、日本で彼の存在がほぼ黙殺されていたのには、昨年の余波が尾を引きずり続けていたからだ。

実は再起を狙っていた?

けれどPSYの活躍によって、再度日本でK-POPという文化が盛り上がろうという一端になるよう期待をしていた人も少なからずいるでしょう。実際、日本では全くといっていいほど知られることはありませんでしたが、アメリカを始めとした世界各地ではグローバル大ヒットは本来であれば見逃すはずありません。これを機にまた音楽業界はもちろん、ドラマなどももう一度再起出来ると内心思っていた人はいたとしても、腫れ物に触るような事をするほど日本のメディアは甘くありませんでした。

仮にPSYさんのことをフジテレビが積極的に報道していたとしよう、恐らくまだ懲りていなかったのかとバッシングを受けるのは間違いありません。その他のTBSや日本テレビといったメディアにしてもそうだ、日本の放送局が海外アーティストの情報をトップニュースにしてまでやるべきことではないとする、そんな考えが先行して取り上げたくても取り上げられなかったといったところでしょう。

ただ人気の高さは本当だったため、完全無視とまでは貫くことは出来なかったので、少しの報道はされていたものです。

PSYがどうして日本で有名にならなかったのか、その理由は主に社会的情勢が一番大きく関係していると予想できる。

ブームこそならなかったが

日本でPSYさん本人はあまり有名になりませんでしたが、その特徴的なダンスや演出については日本の芸能界でも注目する人はいた。そしてテレビによってはパロディとして彼のパフォーマンスを真似する人もいたほどでしたが、話題を振りまくには少しばかり足りませんでした。それもこれも韓国人、という肩書がネックだったと考えられます。

とはいえ、江南スタイルについてもGENTLEMANにしても、エンターテインメントという分野においては突出したものだ。実際、PSYさん自身もヒットについては事故みたいなものだと語っている辺り、偶然の産物に近いのかもしれません。

日本で活躍する韓国出身のアーティストたちは

2011年以降、K-POPの人気は低迷するどころの話では収まらなくなっていきました。これからデビューして、ガンガン稼げると期待してデビューする新人も多かったでしょう。それこそ在日韓国人が多く居住する新大久保近隣では、度々韓国出身のアーティストがデビューライブを開催するなどの白熱した人気が確かにあった。けれど状況的に考えて、日本でのビジネス展望が難しくなっていったことをきっかけとした動きにより、もはやこれまでと言わんばかりに撤退していく人々も増えていってしまう。

そうした中で日本でデビューする人も少なからずいるものの、一時期と比べると大分減ってきている。中でも特に日本でデビューした韓国人アーティストが多かったのが、2011年とだけあってある意味で曰くつきの年になってしまったようだ。

今ではもうあれは一夏の思い出的な立ち位置になっている辺り、完全な終焉を迎えたといっていい散々たる状況だ。